
Everglades National Park
エバーグレーズの南部を保護している。公園の面積は2,357平方マイル(6,105平方キロメートル)で、世界遺産となっている。 主要部にアクセスする唯一のハイウェイはフロリダ州道9336号線と公園内へ続く延長道路で、 フロリダ市からフラミンゴの海岸まで38マイル(61キロメートル)を走っている。この1,296,500エーカーの地域はマージョリー・ストーンマン・ダグラス自然保護区域に指定されている。
島の土壌は、とても肥沃で、しばしば氾濫にさらされるが、徐々に水の地域が土に置き換えられつつある。 植生は豊かで、オーク、ポドフィルム、野生のオレンジ、キュウリ、ポーポー、カスタードアップル、野生のゴムノキは固有種の一つである。 その上、様々な野草があり、とりわけランは特筆すべきである。 2つの季節、雨季と乾季があるが、気候は温和である。公園で有名なのは、ミジカオノスリ、オオハシカッコウ、オオフラミンゴで、北アメリカ大陸で唯一の常時暮らす場所となっており、 通常フラミンゴの街の近くにいる。 その他、サギ類、アメリカトキコウ、ベニヘラサギ、トキ類のような渉水鳥も豊富である。 ツルモドキもエバーグレーズで見つけることができる。猛禽類としては、珍しいタニシトビ、一般的なカタアカノスリ、ミサゴがあげられる。フロリダ湾の干潟で水鳥、クロハサミアジサシがフラミンゴの街から見られる。カナダカワウソ、アメリカアリゲーター、アメリカワニがおり、シカと絶滅の危機に瀕しているフロリダピューマも見られる。一般的なシャーク・バレー地域は、おそらく旅行者がエバーグレーズのことを考えるときほとんどの人が思い浮かべる地域で、果てしなく広がっているように見えるソーグラスにあらゆる方向から囲まれている。 アリゲーターと渉水鳥はしばしば旅行者の足元に来る。時にのろのろしたアリゲーターは道を塞ぐ。 シャーク・バレー・トラム・ロードが北に引き返すところにシャーク・バレー展望タワーがある。 南にソーグラスの草原を見渡す65フィートのタワーである。
Cahokia
イリノイ州、セントルイス郊外にあるミシシッピ文化期の、アメリカ先住民が築いた大遺跡。12~13世紀当時の政治、宗教の中心地であり、人口は1万人に達したと考えられている。防御用と推定される柵で囲まれた遺跡の中心部分には、「中央広場」を囲んで20基ほどのマウンドがある。そのうち最大のものは広場の北側にあるモンクス=マウンドで、大きく2段の階段状になっており、その規模は、長さ316m、幅241mの長方形で高さは30.5mである。その底面積の大きさだけ見るとエジプトのピラミッドやテオティワカンの「太陽のピラミッド」を上回る大きさである。
遺跡の中心部を囲んで北側、東側、西側にも広場を囲むようにしてマウンドが築かれ、マウンド数は合計120基ほどである。マウンドの機能は、ミシシッピ文化共通の特徴でもあるが、基本的には神殿と考えられる。また、発掘調査によって、墓としても使用されたことが判明している。墓は被葬者の身分によって様々なタイプがあった。副葬品には、貝殻ビーズ、バイ貝やホラ貝の容器、真珠、打ち出し細工を施した銅板などが見られる。主人に殉死した従者の遺体が見られる墓もある。
Kīlauea
ハワイ島の同じ形式の5つの盾形火山(Shield volcano)の1つで、ハワイ諸島の活火山である。ハワイ語で、キラウエア(kīlauea)は山から頻繁に溶岩の流出がある事に関連して、吹き出す または 多くまき散らす という意味である。キラウエア火山は、ハワイ諸島を作り出してきた火山の中で現在最も活動的なものであるが、火山活動の中心はハワイ島の南東沖にあるロイヒ海底火山に移りつつある。 山域は、ハワイ火山国立公園として指定されている。
キラウエア火山は世界一安全な火山とも言われている。岩石は玄武岩質であり、1983年の大噴火などの例を除き、大抵は爆発的な噴火ではなく溶岩を流出するタイプの噴火を行う。1983年以来、24年間に亘り、南東地溝帯にあるプウ・オオ火口から溶岩が流れ出ていたが、2007年に同火口の火口壁が崩落した影響で火口からの流出は止まった。現在は近くの裂け目から溶岩が流出している。流出した溶岩は粘度が低いため、最初地表を伝い、表面が冷え固まった後も地下の溶岩チューブなどを伝って流れ続ける。1983年以来、一時期を除き一部の個所で海に溶岩が流れ落ちており、少しずつ海岸線を押し広げている。"Hawaiian Volcano Observatory"の資料によると1986年から2007年までに169ヘクタール(1.69平方キロメートル)の新たな陸地が誕生した。 観察ツアーも存在し、運が良ければ、ゆっくりと流れる溶岩を目の当たりにできる。
近では赤く流れる溶岩が海に流れ込む光景は、あまり見ることができなくなったが、2008年3月にオープンした、カラパナ見学エリアでは、比較的この海に流れ込む溶岩を見ることのできる確率が高い。このカラパナ見学エリアは、従来の見学ポイント、チェーン・オブ・クレーターズ・ロード側の反対にある。
Península Valdés
アルゼンチンのチュブ州にある半島で、大西洋に面し、カルロス・アメギノ地峡で南アメリカ大陸本土とつながっている。特色ある動物相で知られる、長方形にも見える形をした半島である。面積は約3625km²。半島の北部にはサン・マティアス湾が、南部にはヌエボ湾がそれぞれあり、この二つが半島の主要な湾である。東側にはより小さい入り江であるバルデス湾もある。一帯の気候は冷涼である。また、アンデス山脈にさえぎられていることから雨が少なく、乾燥している。歴史的には、この地域で暮らしてきたのはテウェルチェ人である。
海岸で暮らす海棲動物の種類は、多様でかつ豊かである。そのため、チュブ州は一帯の陸地、空域、周辺3海里の海域を「バルデス半島自然保護区」として保護している。鳥類も多く飛来し、66種の渡り鳥を含む181種の鳥類が確認されている。
保護計画のおかげで、ミナミセミクジラの生息数もゆっくりとではあるが回復傾向にあることが確認されている。ヌエボ湾とサン・ホセ湾には5月から12月に訪れ、外洋よりも静穏で暖かい湾内で生殖行為や出産を行うのである。その時期に、メスの鯨に気に入ってもらおうとして、オスたちが繰り広げる求愛のパレードを見ることが出来るので、ホエールウォッチングは重要な観光事業のひとつになっている。 ここバルデス半島は、捕鯨により激減したミナミセミクジラの回復がいち早く知られ、現在に至るまで最も重要な繁殖地の一つとなっている。バルデス半島では他にも、ミナミゾウアザラシ、ハレムを形成するオタリア、ペンギン、ダーウィンレア(レアの一種)、鵜、ミナミオオセグロカモメなども見られる。 セミクジラ以外にも鯨類は見られ、ハラジロイルカやイロワケイルカ、ラプラタカワイルカなどをはじめとした貴重な小型種、さらには世界でもここのみで確認されている、砂浜に突進、乗り上げてオタリアを捕食するシャチの個体群などが知られている。
Olympic National Park
ワシントン州、オリンピック半島 にある米国の国立公園である。公園は3つの基本領域に分けられる。すなわち太平洋の海岸線、オリンピック山脈、温帯雨林である。
オリンピック国立公園の太平洋岸沿いの細長い土地は、起伏に富んだ、しばしば霧で覆い隠された砂浜の広がりと隣接する小さな森である。長さは117.5km(73 マイル)ある。主な川の河口で2度だけ途切れ、そこには人が住む先住民の地域社会がある。ホー族はホー川に、キルート族はキルート川の河口のラ・プッシュという町に住んでいる。ホー族はキルート族の支族である。
ある海辺は贅沢な砂浜だが、ある海辺は扱いにくい重い岩と巨岩だらけである。たくましいハイカーでさえ、藪、繁茂、滑りやすい足場、潮の干満、温帯雨林気候のため、速く歩くことはできない。
海岸でもっとも人気のある場所は、9マイルのオゼット・ループである。オゼット湖の歩道の起点から、最初の3 マイルの行程は、原始に近い海岸のアメリカネズコ沼を通る板張りの遊歩道を通る。一旦海辺に出ると、次の3 マイルの行程では、最高の先住民の海辺の居住地に沿って満潮時に横断するための岬の道を歩く(住んでいる先住民はいない。 - それほど遠くない北にあるニア湾。3番目の3マイルの板張りの歩道の行程は、ほとんどの人にとって、動く歩道がないととても歩けない。板張りの歩道とえり抜きの優しい海辺の散策がオゼットの人気を高めている。
砂のすぐ近くまで木々が密集した森があり、その結果、倒木が元となった多くの木が海辺に散乱している。太平洋岸の細長い地域の南端方向に流れる伝説のホー川は、非常に荒々しい川で、大量の朽木その他の漂流物を海へ押し流す。その後漂流物は北に流れることが多く、海辺を豊かにしている。川や海辺からの流木 - 丸太、沈んでいる丸太、先端部、根の小さな塊の除去は、北米全域での主な自然馴致の手法である。すなわち、自然の流木の堆積は、見た目だけではなく生物学的にも堂々とした姿を形成しており、この地域には、昔ながらの趣があるが、以前の海辺の写真には驚くほどの量の流木が写っている。漂流物はかなり遠くから来ることが多い - 大河コロンビア川はかつては太平洋北西海岸へ流木を押し流したり養分を流したりするのに多大な寄与をしていた。
Statue of Liberty
自由の女神像はアメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人の募金によって贈呈され、1886年に完成した。アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴であるとともに、19世紀以来絶えることなく世界各地からやってくる移民にとって新天地の象徴ともなっている。
本来のモデルはフランスの象徴マリアンヌである。性別は女性で銅製だが、緑青の為に緑色になっている。右手では純金で形作られた炎を擁するたいまつを空高く掲げ、左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印されている銘板を持っている。足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、これを女神が踏みつけている。全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴している。女神がかぶっている王冠には7つの突起がある。これは、7つの大陸と7つの海に自由が広がるという意味である。
台座の記念盤には以下の文言が刻まれている『AT THIS SITE ON AUGUST 5TH, 1884, THE CORNERSTONE OF THE PEDESTAL OF THE STATUE OF "LIBERTY ENLIGHTENING THE WORLD" WAS LAID WITH CEREMONY BY WILLIAM A. BRODIE, GRAND MASTER OF MASONS IN THE STATE OF NEW YORK. GRAND LODGE MEMBERS, REPRESENTATIVES OF THE UNITED STATES AND FRENCH GOVERNMENTS, ARMY AND NAVY OFFICERS, MEMBERS OF FOREIGN LEGATIONS, AND DISTINGUISHED CITIZENS WERE PRESENT. THIS PLAQUE IS DEDICATED BY THE MASONS OF NEW YORK IN COMMEMORATION OF THE 100TH ANNIVERSARY OF THAT HISTORIC EVENT.』
Brasília
ブラジルの首都で連邦直轄地区。中部の標高約1,100mの高原地帯に建設された、計画都市である。人口は約200万人。高原の荒涼とした未開の大地に建設された計画都市。ブラジル人建築家ルシオ・コスタの設計により建設された計画都市地域は、人造湖であるパラノア湖のほとりに飛行機が羽根を広げた形をしており、飛行機の機首の部分に国会議事堂や行政庁舎、最高裁判所が並び、羽根の部分には高層住宅や各国の大使館がある。国会議事堂や大聖堂などの主要建造物は、いずれもモダニズムの流れを受けた未来的なデザインで作られている。
ブラジルは、ポルトガルの植民地から独立した頃から(ブラジリア建設以降、現代に至るまでも含め)旧首都であるリオデジャネイロやブラジル最大の都市であるサンパウロといった大都市が存在する大西洋沿岸部に人口や産業が集中している。
20世紀に入ってからも、何度か内陸遷都が検討されながらも度重なる政変や第二次世界大戦の勃発などで具体的な形にならないままでいたが、1956年に大統領に当選したジュセリーノ・クビチェック(ジュセリーノ・クビシェッキ)は、新首都建設で内陸部の開発とそれによる国土の均衡的発展を企図し、正式に新都市の建設とリオデジャネイロからの遷都を発表した。
この新首都の建設によって内陸部の開発が進んだが、その一方で、莫大な建設費はブラジルの国家財政に大きな負担となって残り、1970年代から1980年代にかけてブラジルを襲った経済不振と高インフレの大きな原因の一つとなったとの評価もある。新首都を国土の中央に建設した結果、開発の進行によって内陸部の経済振興は進み、ブラジル全体としてみれば、ブラジルの国土の中央部にブラジリア国際空港(ジュセリーノ・クビシェッキ国際空港)を建設したことにより、航空路線の航路は東西南北の各地域を結ぶハブを得ており、商業運輸の面でもこの地域の国道が整備されたことで、中西部のマットグロッソ州方面から北東部のバイーア州など大西洋側の地域へ、あるいはサンパウロ州から中西部、北東部へと抜ける物流や長距離バス路線が再整備されている。ブラジリアは整然とした計画都市だが、市内の移動は自動車による移動を前提にしているために、実際の市民生活を送るには不便である。しかも、国家プロジェクトとして緻密な計画が練られて開発されたブラジリア市とは対照的に、周囲の衛星都市は無秩序に発展し、ブラジリアが位置する連邦直轄区内は州境の幹線脇を中心に土地の不法占拠など半ばスラム化しているところもあり、そうした衛星都市を都市圏とすることで成り立つブラジリア市もその影響を免れておらず、一口に成功したとは言い難い状況である。
Hawaii Volcanoes National Park
アメリカ合衆国ハワイ州ハワイ島の南に広がる火山地帯を中心とした国立公園である。ハワイ火山国立公園は、133,200haの保護区内に二つの活火山を有する。キラウエア火山から流れ出た熔岩は18.8億㎥に達しており、周辺施設にもその影響が及んでいる。火山活動の中心部は公園北東部に位置するプウ・オオ火口で、流れ出る熔岩を見ることができる。
1916年に、マウイ島のハレアカラ山域と共に、国立公園に指定1961年、マウイ島側をハレアカラ国立公園に分離指定している。1987年にユネスコの世界遺産(自然遺産)にも登録されている。
公園の面積は324.4km2。ハワイ島の約3%にあたる。公園内には、1983年の噴火から、2004年現在も噴火活動を続けているキラウエア火山がある。また、ハワイ島の第二峰のマウナ・ロア山(標高は4,005m)の主要山地を含んでいる。ハワイ島の火山の特徴として、溶岩の流出速度が遅い点が挙げられる。そのため、キラウエア火山は世界一安全な火山とも言われている。キラウエアの火口のイキ火口から噴火の様子が観察できる。キラウエア火山の噴火活動は、プナルウ黒砂海岸の形成に、大きな影響を与えていると考えられている。
Yosemite National Park
アメリカ合衆国カリフォルニア州中央部のマリポサ郡及びトゥオルミ郡にある、自然保護を目的とした国立公園である。公園の面積は3081平方キロメートルで、シエラネバダ山脈の西山麓に広がっている。
1984年に世界遺産に登録され、そそり立つ白い花崗岩の絶壁、そこを流れ落ちる多くの巨大な滝、谷や木々の間を流れる澄んだ大小の川、ジャイアントセコイアの巨木の林、生物学的な多様性が世界的に知られることとなった。公園全体の約95パーセントは原生地域に指定されている。ヨセミテ国立公園は、シエラネバダ山脈の中で最大規模の、最もまとまった動植物の生息地であり、生物の多様性を育んでいる。公園は高度600メートルから4,000メートルの地域を含み、大きく分けて次の5つの植生帯から成っている。カリフォルニア州には7,000種の植物が生えているが、そのうちの50パーセントがシエラネバダ山脈にあり、20パーセント以上がヨセミテ公園内に見られる。160種以上の稀少植物の植生地域があり、その形成にはヨセミテのたぐいまれな地質学的形成過程と、特異な土壌が寄与している。また、アメリカグマや、アライグマなどの哺乳類が約100種類、鳥類が200種類以上生息している。セコイアの大木でも有名である。
ヨセミテを地質学的に見ると、花崗岩が大部分を覆い、それより古い岩石が残りの部分を占めている。およそ1000万年前にシエラネバダ山塊が隆起し、その後傾斜したことにより、西側には緩やかな高原が、東側には急峻な山肌が生まれた。ヨセミテの地形のほとんどは、シエラネバダ・バソリスの花崗岩からできている。その他5%は、変成火山岩と堆積岩でできている。隆起によって形成された岩石の様々な節理(割れ目)に浸食作用が働くことによって、現在の渓谷、ドームなどの地形が生み出された。この割れ目は動くわけではないので、断層とは異なる。ワシントン・コラムやロスト・アローのような岩柱は、節理が交差して生まれる。こうした岩石の節理に対する浸食作用の中でも、この数百万年の間で最も大きかったのが、高原の氷河によるものであった。
Grand Canyo
アメリカ合衆国アリゾナ州北部にある峡谷である。コロラド高原がコロラド川の浸食作用によって削り出された地形であり、先カンブリア時代からペルム紀までの地層の重なりを目の当たりにできるところでもある。地球の歴史を秘めている価値と共に、その雄大な景観から合衆国の初期の国立公園の一つであるグランド・キャニオン国立公園に含まれている。
グランドキャニオンの起源は今から7000万年前、この一帯の広い地域がカイバブ・アップリフトとよばれる地殻変動により隆起したことに始まる。約4000万年前、コロラド川による浸食が始まる。峡谷は500万年前にほぼその全容を現し、現在見られるような峡谷になったのは、約200万年前である。そして今もなお、浸食は続いており、最古でおよそ20億年前の原始生命誕生時の地層を浸食している。グランドキャニオンの断崖は平均の深さ約1200m、長さ446km、幅6km~29kmに及ぶ。最深地点は1800m。降雨量はサウス・リムで年間380mm、最深部では年間200mmとなっている。
国立公園内には1500種以上の植物、355種の鳥類、89種の哺乳類、47種の爬虫類、9種の両生類、17種もの魚類が確認されている。リスなどの哺乳類が走っているのを見かけることもあるが、国立公園内では動物に触ることは禁止されており、また狂犬病にかかっている場合があるため、噛まれたりした場合6時間以内に血清を打たないと死に至ることもある。ただし、餌付け等はなされていないためこちらから手を出さなければ襲い掛かられることはない。
Los Glaciares
アルゼンチン、サンタクルス州にある国立公園である。1981年にユネスコの世界遺産に登録された。ロス・グラシアレスとはスペイン語で氷河を意味する。氷河の名をもつロス・グラシアレス国立公園は、アンデス山脈の南端パタゴニアに位置し、南極、グリーンランドに次ぐ世界第3の大きさの氷河群がある。この地域では冬でも気温が-5℃前後しか下がらず、氷河は溶けたり凍ったりを繰り返している。その上に雪が積もるため氷河の重みは増し、山の斜面をどんどん押し出されてくる。気温が上がる夏には、ビルほどの高さの氷のかたまりが大きな音とともに一気に湖に崩れ落ちるところが見られる。空気をほとんど含まない透明な氷は青い光だけを反射してほかの色を吸収する。そのためロス・グラシアレス特有の美しい青い氷河になる。
Sian Ka'an
メキシコのキンタナ・ロー州にある自然保護区である。ユカタン半島のカリブ海沿岸地域に広がる生物圏保護区。「シアン・カアン」はマヤ人の言葉で「天空の生まれた場所」を意味する。石灰質の洞窟の崩落して出来た窪地の泉、いわゆるセノーテが多く形成されており、マヤ人たちは生贄の儀式を行うのに用いていた。このため、生物圏保護区内には、マヤ文明の遺跡も残っている。
シアン・カアン生物圏保護区はユカタン半島にあり、地表は主に石灰石で覆われている。また、海岸線には、カリブ海大環礁に属しているサンゴ礁が広がっている。この大環礁はベリーズ珊瑚礁保護区などにまで繋がっている大きなものである。シアン・カアンの海岸には白い砂浜が広がり、小さな湾やマングローブ林等が見られる。こうした特徴的な地形のそれぞれが様々な植物相や動物相を育んでいる。熱帯雨林帯にはベアードバク、オジロジカ、クモザル等が棲息し、潟湖にはオオフラミンゴ、ベニヘラサギ等が棲息している。また、海域には、魚やロブスターなどのほかに、アメリカグンカンドリ、アメリカマナティ等も暮らしている。気候は高温湿潤で、夏は雨季である。
Islas Galápagos
南東太平洋上にあるエクアドル領の諸島。 Islas Galápagos は「ゾウガメの島」という意味。
エクアドル本土より西約900kmにあり、大小多くの島と岩礁からなる。現在、ガラパゴスの123の島に名前が付いている。 最も北のダーウィン島と南のエスパニョーラ島の間は220km離れている。 最大のイサベラ島は面積4640平方km、島内のウォルフ火山は海抜1707mの高さである。5~10百万年前の火山活動(ホットスポットの活動)で出来た諸島で19の主な島と小さな島や岩礁から成る。
ガラパゴス諸島の島々は、現在のフェルナンディア島に位置するホットスポットの火山活動によって代々形成されたと考えられている。ガラパゴス諸島一帯に位置するプレートの1つであるナスカプレートが南東へ移動しているため、形成された島々も南東に移動している。南東側から西に向かって順に新しい島になっており、現存する島ではエスパニョーラ島が最も古く、今から300~500万年ほど前に誕生したとされている。西側の島ほど噴火活動が活発で、東に行くほど火山活動は小さい。1535年、スペイン人の司教フレイ・トマス・デ・ベルランガが、インカ帝国が征服された地へ伝道師として向かう航海の途中、偶然に発見した。
チャールズ・ダーウィンが測量船ビーグル号に乗船し進化論の着想を得ることになった航海で訪れたことは有名である。ダーウィンは航海の後半、1835年9月15日から10月20日まで滞在した。その間ビーグル号は初めて諸島の地理調査を精密に行った。当時の記録は、彼の『ビーグル号航海記』で読むことが出来る。英名チャサム、チャールズ、オーグマール、ジェームズなどの島々で観察した動物相は、南米での調査の経験と共に、進化論のヒントとなった。航海でもっとも印象に残ったことの一つとして、ガラパゴス諸島の動植物が南米のものによく似ていることを挙げている。そして諸島滞在時には気づいていなかったが、イギリスに帰国後、生物の種とは当時信じられていたように不変な物ではなく、変化しうるのではないかと考えるようになった。島には彼を記念した研究所「チャールズ・ダーウィン研究所」が1964年に開設され、現在でも、野生生物の保護・調査に当たっている。
各大陸とは隔絶された独自の進化を遂げた固有種が多く存在する。天敵になるような大型の陸棲哺乳類が存在しない。
Machu Picchu
ペルーのウルバンバ谷に沿う高い山の尾根に位置する、よく保存されたインカの遺跡。「マチュ・ピチュ」はケチュア語で「老いた峰」を意味する。山裾からはその存在を確認できず、しばしば「空中都市」「空中の楼閣」「インカの失われた都市」などと呼ばれる。熱帯山岳樹林帯の中央にあり、植物は多様性に富んでいる。行政上クスコと同じ地域に属している。
イェール大学の歴史家であるハイラム・ビンガムは、1911年7月24日、この地域の古いインカの道路を探検していた時、山の上に遺跡を発見した。ビンガムは1915年までに3回の発掘を行った。彼はマチュ・ピチュについて一連の書籍や論文を発表し、最も有名な解説「失われたインカの都市」がベスト・セラーになった。この本は、ナショナル・ジオグラフィック誌 が1913年4月号のすべてをマチュ・ピチュ特集にしたことで有名になった。また1930年の著書『マチュ・ピチュ:インカの要塞』は廃墟の写真と地図が記載され説得力のある決定的な論文となった。以後、太陽を崇める神官たちが統治したとか、あるいは太陽の処女たちが生贄にされたといった定説が形成された。 マチュピチュとは間違えて付けられたといわれている説がある。遺跡に名前は決まっておらず、ビンガムが地元民に遺跡の名前を尋ねたところ、地元民は今立っている山の名前を聞かれたと思ってマチュピチュと答えたことで遺跡の名前がマチュピチュであると間違って伝わった、という説である。
なぜこのような急峻な山の上に造ったかという質問に対して、ラファイエット単科大学のナイルズ(Dr.Niles of Lafayette College)は、「パチャクチがこの場所を選んだのは……圧倒する景色としか答えようがありません」と言う。 イェール大学の近年の研究成果では、高地であり、かつ両側が切り立った崖上になっているため、太陽観測に最も適し、かつ宗教的理念として、太陽に近いところである、という点が場所選定の理由として挙げられている。急斜面に位置したマチュピチュの頂上には、太陽の神殿があり、頂上にはインティワタナ(Intihuatana…太陽をつなぎ止める石)が設置されている。夏至と冬至が正確に分かる窓があるなど、太陽を使った暦を観測、作成したとも言われている。
Iguazú National Park
アルゼンチンのイグアス国立公園は、1934年に設定された国立公園。アルゼンチン最大級の自然美を誇るイグアスの滝と周辺の亜熱帯の密林を対象とする。イグアス川の対岸には、ブラジルのイグアス国立公園が存在する。動物相には絶滅危惧種も含まれ、オセロット、ジャガー、アメリカバク、アリクイ類、森林性の猛禽類、オオハシ類、ホウカンチョウ科、 クチビロカイマン、ハナグマ類(ハナグマ属、ヤマハナグマ属)や、多岐にわたる蝶などが生息している。イグアス川は、1320km流れてイグアスの滝から23km下流でパラナ川に合流する。公園内での最大幅は1500mで、最初に南へ曲がったあと北へ曲がり、大きなU字型を描いている。土手に沿って花がアルゼンチンの国花にもなっているセイボ (ceibo) を含む木々が密生している。植物相はノウゼンカズラ科のラパチョ・アマリリョや40メートルの高さになるキョウチクトウ科のパロ・ロサ、パルメットヤシなどが特徴的である。指定されている地域は既に一万年以上前から狩りや牧畜を行う人が住んでいた。彼らは新たな農業技術を持っていたグアラニー人に1000年ごろに逐われたが、そのグアラニーもまた16世紀にはスペイン人やポルトガル人に逐われた。イグアス名は、彼らの遺産であるといえる。


